138077 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

どうすることもできなくて

※このSS作品は故意的に特定のキャラを危機的状況になるように話が展開します。そういった表現を好まない方は、お戻り推奨で。自己責任でお願いします。内容的には全年齢対象です。過度に暴力的な表現があるわけではありません。




























   『どうすることもできなくて』



「今日もご飯が美味しいわ。ねえ妖夢?」
「ええ、まあ……しかし、もうすぐ蓄えがなくなってしまいそうなんですよ。お米もお味噌も、あと何日持つのか……」
「妖夢、もうご飯がないわ。よそって頂戴」
「幽々子様~、今の話聞いてました~?」
「聞いてたわよ。でも買えばいいことよ」
「いつもいつもそう仰って……」
 毎度のことである。私が少しおかわりの回数を増やしただけで、すぐにこの庭師は難癖をつけてくる。
 ただ、今回ばかりはいつもと様子が違う。
 いつもならほっぺを膨らませて子供のように喚いたりする妖夢だが、突然口数が減った。
 何か上の空で、考え事をしている。そんなに蓄えが無いというのだろうか。
「妖夢、どうしたの。そのお漬物、いらないなら食べちゃうわよ」
「……幽々子様、もう一度いいます。本当に食べ物が無くなりそうなんです」
「だから買ってくればいいことじゃない。あとでお使いに行ってちょうだい」
「……そうですね。わかりました」
 納得したのか、妖夢の表情に明るさが戻る。
 お漬物はありがたく頂いた。
 午後。蓄えを真剣に悩む妖夢のためにも、妖夢に直接買い付けをさせることにした。
 何をそんなに悩むことがあるのだろうか。



 妖夢が帰ってくるのは早かった。
 ただ、静かに歩くべき廊下を走ってまでして戻ってきた。
「幽々子様、ただ今戻りました」
 さきほどの食事中に見せた、暗い表情で、息を荒げて。
「おかえりなさい。どうしたの、そんなに慌てて」
「大変です。……凶作で作物が全然取れていないそうです」
「……なんですって?」
「なんでも蟲の妖怪が暴れまわっていたせいだとか」
「……それで?」
「人里の全ての店を回ってきました。ですが、どこも野菜類は売り切れでした」
「肉は売ってなかったの? 牛でも馬でも構わないわ」
「殆どが妖怪に襲われて、売るほどの肉を捌けないそうです」
「なんて事なの……」
「お米だけでもと思って米屋に行ってみれば、米を奪い合う暴動が起きてました。皆、食料を確保するのに必死なようです」
「わかったわ、妖夢。ありがとう」
 さてどうしたものか。使いの者に聞くと、あと2、3日で本当に食料庫は空になるという。
 いままで冥界にいた私は人里の事情を知らない。何の対策もしていないのはここだけなのだろう。
 おそらく霊夢や他の人間、妖怪達はもっと早くにこのことを知っていた。
 彼らの中には前もって蓄えをしている者もいるだろう。
 かといって、そんな所を当てにできるとは思えない。
 皆、自分が生きるのに必死であると思う。
 ふと友人のことを思い浮かべる。紫の所に頼んで何か分けてはもらえないだろうか。
 自分に、他で頼れるような者はいない。
「そういえば幽々子様」
「なあに妖夢」
「道中、紫様の式に会いました」
「ふうん」
「なんでも、紫様が長い眠りについたそうです。仕事が増えると嘆いていました」
「……そう」
 こんなときに限って、都合悪く眠りについてしまうなんて。
 しかしそれでは本当に困った。
 このままでは飯を食えない状態である。
 私は空腹に苦むだけで済むが、半分生きている妖夢は飯を食べないと半分死んでしまう。
 今ある食料を全て妖夢にやったところで、どれだけ持つのか。
 正直、こんな状況など想像さえもしていなかった。
「幽々子様、一つ提案がございます」
「何でも良いわ、言ってご覧」
「獣を獲ればいいんじゃないでしょうか。人の手を借りずに」
「いい案ね、早速飛んできて頂戴。……でも無理はしちゃ駄目よ」
「わかっております。危ないときはすぐに逃げますから」
「あなたにそんな器用なことができそうにないから心配なのよ」
 妖夢に任せて狩猟してもらうことにしてみよう。
 大きな獣が取れれば、暫く持つことができるだろう。私が食べ過ぎなければ。
 お昼を大きく過ぎて、夕方ごろ。妖夢は大した怪我を負うことなく、熊程の大きさがある猪を獲ってきた。
 なんでも妖怪の山へ入り、偶然現れたところを斬ったのだという。
「見てください、幽々子様。これだけあれば四、五日持つでしょう」
「見事ね、妖夢。今夜はお鍋にしましょう」
 その日の晩御飯は猪鍋にした。妖夢はいい仕事をした、と満足した顔でお鍋をつついていた。
 私は遠慮して、妖夢と同じだけ食べることにした。思っていた以上にお腹は膨れない。
 いままでどれほど自分が暴飲暴食を繰り返していたのか、少しわかった気がした。
 妖夢にもっと食べないんですか、と聞かれた。
 今日はあなた程働いていないから、と言って納得させた。
 夜の間、布団の中で空腹に苦しんだ。



 翌日。鍋の残り汁で炊いた雑炊を朝食にした。
 昨日の晩遠慮した分少し多い目にご飯を食べてしまい、雑炊は妖夢が食べた分以外汁一滴残らずお腹にいれてしまった。
 まだ猪自体の肉はたくさん残っている。そう思って、食べてしまったのだ。
 妖夢はやけに張り切って、獣を捕まえに行く準備をし始める。今すぐにでも飛び出してきそうなテンションであった。
「幽々子様、朝の見回りでは獣どころか妖の類さえ見ませんでした。今日はここ、白玉楼に潜む妖怪共を全て斬ってしまいましょう」
「わかった、妖夢にまかせるわ。でも、わかってるわよね?」
「はい、適度に危なくなったら逃げます」
「あなたが動けなくなってしまっては、困るんだから」
 お昼ごろ、妖夢はへとへとになって帰ってきた。
「お庭を半分ほど見て回ったのですが、残念ながら幾つかの妖怪桜しか見つけられませんでした」
「そう」
「午後から残りを探して回って、食べられそうな輩を探します」
「わかったわ。さて、お昼にしましょう。あなたは休んでおきなさい」
「かしこまりましました」
 使いの者に後で猪の肉を全部燻製にするよう言いつけておいた。保存を効かせるために。
 肉をつついて残り少ない白米を頂いた。この分だと、米を切り詰めても明日には無くなりそうだ。


 お昼を少しすぎておやつの時間。
 空腹を茶で濁していると、妖夢が帰ってきた。
 人間程の大きさがある、くちばしのひしゃげた鳥を背負って。
 ただ、どこか怪我をしたのか。片足を引きずっているようだ。
「ただいま、戻りました」
「お帰りなさい。そんな鳥妖怪が庭に潜んでいたなんてね」
「ただ、足をやられてしまいまして……」
「見せてみなさい」
 傷口を縛り付けている手拭は血で真っ赤。止血しきれていないのか、滴るほどである。
「手当てをしておけば、きっと大丈夫です」
「はいはい、無理はしなくていいから。部屋まで運んであげるわ」
 使いの者に手当てを施させた。傷口からは骨が見えるほどであった。
 霊体の私ならともかく、生きた肉体の妖夢にとってはとても動ける状態には見えない傷である。
 傷口に包帯を巻いてもらいながら痛みに堪える妖夢を見て、自分が出れば良かっただろうかと悔やんだ。
「幽々子様、まだ今日の仕事が終わっていないので見回りに戻ります」
「そんな体で無理しなくていいから、休んでなさい。猪の燻製と、あの鶏肉で暫く食いつなげればいいわ」
「はい……申し訳ありません」
「謝る暇があるなら、体を早く治しなさい」
 夜。あの鳥妖怪を捌こうとした妖夢が叫び声を上げた。
 行ってみると、鳥の肉を触ったらしい妖夢の手にかぶれができていた。
 肉に妙な毒があるらしく、とても食べられそうにないということである。
 使いの者に鳥妖怪を処分させることにし、今夜も猪の肉を食べて空腹をしのいだ。
 妖夢は怪我をしてまで獲ってきたものが無駄になったと嘆き、うな垂れていた。
 猪の肉はもう半分の半分もない。
 食料庫も最早ないと言ってもいいほど。
 あと何日持つのか。妖夢の怪我も心配である。



 朝。妖夢は私に何も言わずに狩りへ出かけたと、使いの者から聞いた。
 あの怪我ではまともに戦える状態ではないだろうに。
 かといって妖夢の後を追うわけにはいかない。幽霊達の管理という仕事をしないわけにはいかないから。
 だから、私には待つしかなかった。


 妖夢は夜になっても帰ってこなかった。
 道中、倒れたりしていないだろうか。
 あの怪我で力のある妖怪に弾幕を放たれれば、まともに避けることさえままならないだろうに。
 妖夢のために少しでも食料を残しておこうと、晩御飯はお茶の一杯で誤魔化した。
 茶葉がもう暫く持つことが、少ない希望だ。
 深夜。幽霊が活発に活動する時間。
 物音がしたのでもしやと思えば、妖夢が帰ってきた。
 筋肉がよくついた、とても妖夢には運べそうもなさそうな山のように大きく育った牛を担いで。
「ただいま、戻りました……」
 お腹を押さえ、刀を杖代わりにしてさえ歩く妖夢。
 満身創痍と呼んでも差し支えないほど、体のあちこちに怪我が目立つ。
 身を包む、ブラウスやスカートも破けて皮膚を露出していた。
「誰か! すぐに妖夢を治療してあげてちょうだい!」
 すぐに使いの者を呼んで手当てさせた。
 押さえていたお腹は牛の角に突かれたらしく、使いの者曰く内臓までやられているという。
「幽々子様……これで、暫く持ちますよね?」
「馬鹿ね。あなたがそんなに酷い怪我して、動けないようじゃ後が持たないわよ」
 得意げな顔をして、自分の体をぼろぼろにしてまで、大きな手土産を手にして帰ってきた妖夢。
 そんな妖夢を、きつく叱るなんて自分にはできない。
「申し訳、ありません……」
「もう、いいから。絶対安静よ、いいわね? 妖夢」
「はい」
 だから傷ついた妖夢を抱きしめて、労してやることしかできなかった。



 夜が明ける。
 残りの猪の肉を全て妖夢にあげた。
 私は牛の肉があるから、今度それを食べると言ってまたお茶の一杯で我慢した。
 羨ましいが、少しでも早く怪我を治してもらいたいから妖夢は栄養を入れないと。
 妖夢が肉を一切れ差し出したで、その一切れだけでも頂いた。
 妖夢は美味しそうに猪の肉を残り全て平らげた。
 それから三日が過ぎた。
 牛はとても肉付きがよく、遠慮がちに食べていっても一週間は持ちそうであった。
 消極的に考えれば、一週間しか持たないということになるが。
 今朝、使いの者から聞いた。妖夢の怪我を治す薬がもうすぐなくなると。
 私は使いの幽霊に永遠亭へ行ってくる様命じておいた。きちんと辿り着ければいいのだが。
 妖夢は相変わらず、寝たきりである。と言うより、絶対安静を命じた。
 真面目に働いてくれるのはありがたいが、言いつけないとまた飛び出しかねない。
 時々包帯を代えてやるが、その度呻く妖夢を見て自分を恨んだ。
 もっとしっかりしておけば、妖夢を説得して自分が出ればこんなことにならなかったものを。
 言い訳になるが、状況が状況なだけに混乱して周りのことが見れていないのかもしれなかった。
 半分幽霊やっている妖夢といえど、この重症は一週間二週間で完治すると思えなかった。
 それから一週間程が過ぎた。
 妖夢に肉を食べさせて、私は一切れだけで我慢し続けた。
 それだけ妖夢に栄養を取らせても、妖夢の怪我は一向によくならなかった。
 永遠亭に向かわせた使いの幽霊も帰ってこない。
 怪我に効く薬はとうに底をつき、傷口を覆う包帯でさえ手拭で代用せざるをえなくなった。
 食料庫などもはや埃が溜まるだけで鼠の死骸さえも転がっていない。
 牛の肉も、もう骨についたかすだけ。
 文字通り骨をしゃぶるしかなかった。
 妖夢の髪はちぢれ始め、その手からは刀を握る元気さえ失われつつある程。
「幽々子様。もう、何も無いんですね……?」
「そうよ……」
 二人、茶を啜るしかなかった。
 お茶受けなんてものも、当然なかった。
「幽々子様、なんだか、ぼうっとします」
「どれ」
 妖夢の額に触れる。半人半霊の体温とは思えないほど、熱くなっていた。
 かろうじて残っていた、蓬莱人の飲み薬を飲ませた。
 苦いと不快感を表す妖夢の嫌がる声には迫力が無く、とても貧弱に見えた。
「幽々子様」
「なあに、妖夢」
「……また、食べられそうなものを取りにいかなければいけないですよね」
「そうね。でも、あなたじゃ無理よ」
「ですが……幽々子様も、ほとんど何も食べてないじゃないですか」
「剣も振れないあなたに、何が出来るって言うの?」
「……」
「私が支えなければ立つことさえ出来ないのに、狩猟なんてうつつを抜かすんじゃないわよ」
「……申し訳、ありませんでした」
「いいのよ……」
「しかし、何とかしなくては」
「私が出るわ。妖夢は待っていなさい」
「そんな、幽々子様にそんな手荒な真似事をされるなんて似合いません!」
「妖夢。気持ちはわかるけど、もうそんな余裕がないの」
「……」
「それじゃあ、言ってくるわよ」
「……お気をつけて、言ってらっしゃいまし」


 ここ最近妖夢が白玉楼中を探し回ったから、おそらく人里付近まで降りてみないと獣はいないだろう。
 冥界を出て、三途の河を飛び、中有の道を抜けて人里へ。
 妖夢から聞いていた通り、里は殺伐としていた。
 道行く者は皆どこかよそよそしく、商いをする者は元気がない。
 食べ物を扱う店からは怒号は響き、子供の鳴き声が耳に突き刺さった。
 人里にいる人間がいかに生きることに必死なのかはよくわかる。亡霊の私でも。
 しかし、ここまで節操のない惨状はいかがなものかと頭が痛くなった。
 歩いているうちに、痩せた男が数人棒切れを持って裏道から現れた。
 おそらく私が食料を持っているなら奪ってしまおうという魂胆だろう。
 流れ弾に気をつけて、適度に弾幕を放つと男達は恐れをなして逃げていった。
 こんな状態では、腹を空かした妖怪に襲われればこの人里は一溜まりもなさそうである。
 それともすでに妖怪が人里を襲っていたりするのだろうか。
 作物を荒らした者はそういう手の者であるわけだし、人間を直接襲うものも少なくはないのでは。
 そんなことを想像しながらも、獣妖怪を探していることを思い出す。
 総本山はどこにあるだろうかと思いながら歩くうちに、見知った顔の少女を見つけた。
 博麗神社の現巫女、霊夢であった。
 心無しか、霊夢も妖夢と同様髪に艶がなかった。肌の色も良い様に見えない。
「あら、幽々子。わざわざ人里まで降りてきて人を襲うのはやめなさいよ」
「酷い挨拶ねえ。そこまで落ちぶれていないわ」
「それはともかく、何か音がしたから来たのだけど」
「そうなの? いましがた何人かの殿方達に襲われたのだけど」
「その殿方達が妖怪だと叫んで逃げてきたから、見に来たのよ……」
「少なくとも私は被害者だわ」
「……本当に何もしてないなら、別にいいけど」
「ええ、是非そうして欲しいわ。あなたと遊ぶほど暇はないし、元気もないの」
「同感。私もあんまり暇じゃなのよ……」
「ねえ霊夢」
「何よ、幽々子」
「……いつから、こうなったの?」
「三ヶ月前よ。春告精が現れて、蟲の妖怪が現れたころから」
「随分と前からなのね」
「あの世に住むあなたが気にする必要はなくって?」
「いいえ、こっちにまで被害が出てるのよ。困ったものだわ」
「……そう。もう、どうにかなって欲しいわ」
「まあ、適度にがんばりなさい」
「そっちもね。悪さしちゃ駄目よ」
 別れたあとに振り返ると、霊夢にすがる人がいた。
 神頼みでもすぐにどうかできるわけではなく、困り果てる霊夢の顔が見えた。
 この飢饉がこんなにも早くから続いていたなんて。
 私は妖怪の山へ向かった。
 早く何か捕まえて、妖夢に食べさせてあげないと。
 その途中、農村をみかけた。
 畑は荒れ放題。そこら中を遊びまわる子供の姿は無く、働く者さえいなかった。
 地主達や人里を治めている者達は何をしているのか。
 妖怪の山へ着いたところで気がついたことがある。
 道中、妖精はたくさん見かけたが妖怪を全く見ないことに。
 そして今も、飛んで探しているが全く見かけない。
 そのうち馬鹿な妖怪が一匹ぐらい飛び出してきてもいいだろうに。
 私に恐れをなして出てこなくなったとは考えにくい。
 そもそも私を知らない妖怪もいるのだから。
 山へ降りて直接見て回るも、それでも見つからない。
 ここまで来て、いまさら思った。
 私には、獣を誘い出したりするほどの罠を作ったりなんてできない。知らない。
 頭の悪い妖怪が出てくれば倒せばいい。
 そう考えていたものだけに、出てくれないことにはあぶりだすしかない。でもそれは出来ない。
 妖夢がここへ牛を捕まえに来たことを思い出す。
 もしその騒動で妖怪達が外部の者に対して警戒しているとしたら?
 だとすれば、私がこれだけ飛んでも出てこないことは納得できる。
 それでも、探すしかない。妖夢のために。自分の食欲を満たすために。


 とうとう、日が暮れるまで探し回っても獣一匹さえ見つけることが出来なかった。
 石につまづいて足は擦りむき、枝で服は破れ、崖から足を滑らせては谷に打ち付けられるところであった。
 怪我の方は何とでもなる。そんなことより、何の成果もなしに帰ることができない。
 妖夢が担いできた牛なんかより大きい化け物を持って帰って喜ばせるつもりが。
 このままでは喜ぶどころか落胆されてしまうではないか。
 あんまり遅いのはいけないだろう、それに妖夢が心配である。
 私は泣く泣く帰ることにした。
 このままでは妖夢に申し訳がつかないが。


 妖夢が待つ部屋へ戻った。
 起き上がろうとするものだから、手で制した。
「おかえりなさいませ、幽々子様」
「ただいま。あなたは半分怪我人だけでなく半分病人にまでなってしまったんだから、寝てなきゃ駄目よ」
「はい……。それで、幽々子様。いかがでしたか?」
「……ごめんなさい。私では、鼠一匹捕まえられなかった」
 私には、土下座する他なかった。
 体を張って、大怪我を負ってまでして私のために狩をしてきた妖夢と比べれば私は何もしていない。
 妖夢が熱を出して苦しんでいるというのに、私は手ぶらで帰ってきた。
 だから、私は頭を下げる他なかった。
「ちょっと、幽々子様! 頭を上げてください……」
「いいえ、上げないわ。あんなに妖夢はがんばってるのに、私は何も出来なかった」
「幽々子様……。狩に出かけて獲れない日もございます。どうか、もう頭をお上げください」
「……ごめんなさい」
 暫く、私は頭を上げることができなかった。



 翌朝。
 妖夢の熱は引くことなく、さらに妖夢を苦しめていた。
 幽霊で冷たく冷やした手拭はすぐに熱くなってしまい、最後の一回分の薬を飲ませたところで熱も引かなかった。
 妖夢の半霊も元気がない。手繰り寄せて、抱きしめてやった。
 半身の妖夢が、微笑んだ。
「幽々子様……」
「何も喋らないの。とにかく休まないと駄目でしょう。私では獲れるものも獲ることができないのだから」
「……はい」
 そう言ったところで、今の状況を良くする手立ては無かった。
 病に苦しむ妖夢を放ってはおけない。
 しかし、もう妖夢を治す薬も絆創膏もない。
 永遠亭へ向かった使いの者はいまだに帰ってこないから。
 ここにいては食料を確保することができない。
 かといって私に獣を捕まえる術など殆ど知らない。
 そもそも獣を獲ったことなど一度もないのだから。
 途方に暮れるとはまさにこのことなのだろうか。
 知らず知らずのうちに、私は泣いていた。
「幽々子様……?」
「ごめんね……ごめんなさい……ごめん、なさい……」
 妖夢の手を握り締めて、泣いた。
 泣いているだけでは現実をどうすることも出来ないと理解しているのに、涙が止まらない。
 こんなときに何も出来ない自分が、本当に悔しい。
「幽々子様、どうか、泣かないでください」
「ごめんなさ……うっ……」
 大切な従者が傷つき、病に倒れているのに。
 その主人は絶望に打ちひしがれてただ泣いているだけ。
 どうすることも出来ずに、ただ引きこもっているだけ。
 どうすることも出来ないと言っているだけで何も出来ない私が、一番どうしようもなかった。

---------------------------------------------

当サークルでは気に入っていただけた作品への投票を受け付けています。
よろしかったらご協力ください。時々投票結果をチェックして悦に浸るためです。
   └→投票ページはこちら(タグ系が貼り付けられないため、外部ブログになります)


© Rakuten Group, Inc.